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ひとこと

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声を大にして言える事ではないかもしれませんが、私は隠れ家大賛成の人間です。
誰の目にも触れず、自分だけの場所を確保することは、
おおかたの父親たちは贅沢とは思いつつも、
心の奥で切望しているものと思います。
勿論 くれぐれも誤解のない意味での話しですが。
幼い頃自分の隠れ家、陣地らしきものを作っては、
そこに 大切なものばかりをそっと運び込み、
その中に埋もれて果てしない夢を、わくわくしながら描いてみる。
そんな想い、心の片隅に残っていませんか?
 
ひとこと1

大人になり我がままの許されぬ年代になってしまうと、
そんな想いも遠いものとなってしまいました。
小さな視点で組み立てた夢は いつも心臓の高鳴りを感じたものです。
50代後半となった私は、そんなときめき感が薄れてきたようで、
とてもヤバイことではないかと心配しているのです。

ひとこと2

できることなら今一度隠れ家にじっと籠って、
あきらめ気分の可能性に改めて
意味と価値を見つけてみたいものだと想っています。
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街角で

 街角で

パリの街角にある広場の片隅で
腰を下ろしている青年がいました。 
30年も前の話です。
私はその青年の持っている
古く角に真鍮の金物が付けられている
珍しい宝物のような革のカバンが気になって、見ていました。
大切そうにいつも片手がカバンに添えられていました。
青年は広場の中心の人だかりを眺めていました。
私は大道芸人を スケッチしていました。
前日も同じ場所で スケッチをしていました。
そのときも青年は同じ場所で やはり広場を眺めていたのです。
私は奮起して古いカバンを見せて欲しいと声を掛けてみました。
そうしたら 日本語で返事がきて驚いてしまいました。
聞くところによると 大坂万博時代に会場でボランティアをしていたとのこと、
さっそく古い革カバンを見せてもらうと 
中には古そうなバンドネオンが入っていました。
皮カバンのイメージとは違い とても渋くシンプルな型のものでした。

街角で3


青年はバンドネオンを手にしてから
奏でる場所を探しているうちに 大同芸人に憧れたという。
しかし広場に来ても バンドネオンを出して音を出す勇気が出ずにいる。 
私は青年の話を聞いて手助けすることにしました。
おもむろに椅子を抱えて広場の中心に向かい、
パントマイムの芸人の横に並べました。

街角で2

青年はを意を決してバンドネオンを取り出し 
肩に掛けると タンゴの演奏を小さな音で奏で始めました。
隣でパントマイムを演じていた男が突然、大きな音で演奏しろと手招きをするや 
その演奏に合わせてひとり タンゴを踊りだしたのです。
後は説明するまでもなく 
何組ものカップルがタンゴの曲に合わせて踊りだしたのです。
そして広場の隅で腰を下ろしていた時の青年とは 別人のように 
バンドネオンの楽器の音色は 青年の言葉になって踊っていました。
わずか15分くらいの話ですが 青年の大きな出番を観せてもらいました。

木工屋の話ー椅子

木工屋の話-椅子
 
正座をする訳でもないのに「まあどうぞお座り下さい」と言われれば、
何の疑問もなく腰をかけてしまっている現状は、誰しもお持ちの筈。
よく考えてみれば「お座り下さい」ではなく「おかけ下さい」ではないか。
しかしそんな言葉使いに何の疑問ももたずに言っていませんか?
それがどうした・・・と言われてしまうと後が続かないので、
うん、そうだそうだと頷いて欲しい。
別に言葉の揚げ足を取ろうなどという魂胆では ありません。
日本の暮らしの中で、椅子の生活習慣が根付いたと言われながらも、
この曖昧な言い方のように、
椅子での生活習慣がどこか借り物なんだと納得してしまうのです。
しつこいようですが、座るは正座の意味を指し、
椅子には腰を下ろす、腰を掛ける のです。
 
いす1

日本の風土で培われ、工夫され続けてきたことで 形と使い勝手をなした
住空間と暮らし方は、人間が座る生活を中心に考えられてきたもの、
その合理性と不便さは捨てがたい意味と価値があるのです。
だから椅子の生活はおよしなさいと言う訳ではありませんが。
どんな時代になろうとも日本の風土の上で暮らすという事実は変わりません。
日本で欧米型の生活習慣になりきれぬ、
この何かを大事に目を向けて欲しいということが言いたかったのです。
とは言ったものの、私は木工屋、
自分も含めて木工屋にとって椅子づくりへの憧れは特別なものがあります。
そtれは 家具の中で人間の身体にこれほど密接に関わる道具は
他にありません。それだけに高度な技術と知識が求められるのですが・・・。
椅子づくりはとても魅力的な課題なのです。
 
いす3

私もこの椅子づくりでは あれこれ失敗談も多くあります。
日本の家は天井も低く、空間も狭い。
ならば「座れる椅子」でもと, 座面の低い椅子試みたりもしました。
座面の上であぐらがかけてしまう程ゆったりとした椅子他、
いろいろと試行錯誤の連続が今もなお続いています。
所詮は木の椅子、掛け心地はいまひとつと感じているのです。
時折なんで木の椅子なのかと、
我が技量を棚にあげて疑問の鉾先を木にむけてみる、
腰のかけ心地、木の持つ硬さでお尻が痛くなることを考えると、
木の硬さの上に腰を乗せること自体に無理があるのだと納得できる、
椅子づくりに希望のもてる納得なのです。
 
いす4

人間という動物、そもそも4本足で動いていた。いや、そうらしい。
とすれば二本足で立つ事には無理があるのはあたりまえ、
単純に考えてもも足にかかる負担は、四本から二本へと二倍になります。
それに伴って腰にも負担がかかることになる。
そういえば四本足の動物から腰痛の話は聞いたことがない。
腰痛持ちの動物が
コルセットはめて治療する姿にはお目にかかった事が無い。
人間の無理な姿勢から起こるべくして起きたのが腰痛のような気がします。 
椅子の座面に腰を下ろすと
お尻の骨二点が座面にあったていることに気づきます。
硬い木の上にこの骨が支点となって全体重を支えることになります。
長時間になれば痛いのはあたりまえの話です。
そこでこのお尻の骨のおさまり位置と座面とのあたり方を考え工夫すると、
ずいぶんと楽な掛け心地になるのです。

いす5  いす6

工房では昔から椅子の測定器を用意しています。
この測定器では使う方の身体的な寸法と、
このお尻の骨位置の寸法を測るようにしております。
これで万全というわけではありませんが、
すこしだけ椅子という道具に近づけたような気もしています。
ともあれ椅子づくりは難しいものです。
おまけに日本の住空間における椅子の役割を考えると 
課題は山のようにありそうです。
 
仕事の依頼の中で椅子の注文はより 増えています。
日々これでいいのかなと首を傾げながら格闘を続けております。
長時間はともかく、正座を習慣としていた珍しい民族です。
時には正座をしてみて、
かって正座をして暮らしてきた先人たちの知恵と工夫なるものを 
考えてみてもよいのではないかと謙虚に思います。

小さな冒険

 小さな冒険


幼い頃、ほんの数百メートルの距離も冒険に値するものでした。
まして川や線路があればなおさらでした。
それをいいことに 親たちは 
危ないから遠くに行ってはいけないと行動範囲を制限したものです。
川のむこうは危険で人さらいもいれば、
悪い人がいっぱいいて帰ってこれなくなると
言わんばかりの話でした。
嘘をつくと 閻魔様にしたを抜かれてしまうという話が通用した時代です。

子供は制限されればされるほど ビクビクしながらも
その制限を越してみたいという冒険心が湧き上がってくるものです。
しかしそんな子供の冒険心を親は知らない。
いつしか親の知らぬところで子供の冒険心は
制限をはるかに越したところまでを制覇し
未知の世界を楽しんでいるのです。

しかしそんな冒険ができたのは 帰るところがあり、
帰ればやさしい親の顔があるという安心感に
見守られていたからこそ出来たのだということに、
人の親になって初めて気がついたのです。

霜月

 霜月


立冬を目の前にして一息つきたいところですが、
今秋は度重なる台風のおかげで、
一足跳びに走り抜けてしまった秋になんとも未練が残ってなりません。

とは いうものの、とりあえず 
秋の味覚だけは忘れずにお腹にしっかりと入れております。
それでも記憶に残る秋の風景が見当たらないのです。  
工房まわりのそこそこに
毎年のように姿を見せてくれる曼珠紗華の朱赤も 
ほんの一瞬のように姿を見せてくれたかと思ったら、
追われるように消えてしまったような気がします。
  
このところ毎日 世界中から不穏なニュースばかりが報道され、
小心者の私は心を揺さぶられっぱなしで、落ち着けません。
人間は自分たちの居る足元を忘れて、地球上の話題を
どこまで抱え込んだら気が済むのかと
情報過多を恨めしく思ったりしています。 

さあ冬の準備です。我が家のわずかなみかんの樹も色が増してきました。
収穫まであとひといきです。 
美味しく実ってくれよと食い意地が願っています。

霜月
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