木の話

 
木の話

樹木の問題がとりざたされることの多い今日、
あえてなんで木の仕事なのかと問われると、
返す言葉もなく思いあぐねいてしまうものです。
人間の勝手な理由づけであれば、いくらでも言えてしまいますが、
そのどれも嘘っぽくて困り果てます。
樹木たちは人間たちに 思いやりがあって枝葉を繁らせ、
美しい景観をかもしだそうとしている訳でもなく、
当然その大木を切り倒して人間の都合と努力などで、
便利な姿になるとは思えません。
板材や角材になってもなお勝手に伸縮もし、
呼吸をしながら誰のためでもなく樹木自身があるがままの己を貫いているのです。
残念ながら、
こうした樹木の生態が結果として環境に寄与し恩恵を与えてくれているのです。
 
声もなく黙々と己の生存をつないでいる樹木の姿を見ていると、
私が私がという口数の多い人間は、
もう少し見習わなくてはという気持ちにさせられます。
今年もまた反省や見習う気持ちと、口数の多い自分が葛藤します。

お仏壇

 お仏壇

当工房に仏壇の依頼が多いと言う話をどこかに書いたような気がしますが、
その依頼内容は様々ですが
大半の方は仏壇のカタログを取り寄せたり、
仏壇店を見学に行ったりした結果、
気に入るものが見つからず注文して作ってもらおうということになったようです。

いろいろな形と大きさのものを頼まれますが、
多くはシンプルな物で漆を塗ったり、
木地を生かしてオイル仕上げすることもあります。
写真の仏壇は珍しく横型のデザインで作らせてもらったものです。 
今月も 丈が1.5メイトルと高さのある物を作らせてもらっています。

窓の話

窓の話
 
ヨーロッパの窓ばかりを集めた写真集を見つけ、
立ち読みで帰るつもりがなぜか後ろ髪を引かれ結局購入してしまい、
部屋の書棚に納まっています。
古い建物の窓でありながら、カーテンを楽しんだり、植物や小物で飾ったり、
中には 遊び心で額ブチのように絵を描いたものまであります。
いずれも家に住む人の遊び心に興味を抱かせるものばかりです。
 
自分の私物的な発想と感覚で 家もその窓も考えがちですが、
窓を楽しんで使っている風景を見ると周りの風景のとらえ方が変わってきます。
地域、人とのかかわりも含めての暮らし方を考えると、
窓はとても楽しいものになり、
見える窓と見られる窓の考え方が違ってきそうな気がします。

木工屋の話

 木工屋の話

築17年になる家を改装して 
家具類も一新したいという電話があり、相談に乗ることになりました。
聞くと今の家に居ること自体がストレスだというのです。
長年使ってきた家具類も 
どうにも気に入らないと不満ばかりを説明してくれるのですが 
電話では話が見えないので、では一度おおじゃましましょうということになりました。
そんな約束をしたものの 忙しさに流され数ヶ月がたってしまったのですが、
それでも辛抱強く待っていて下さった方なので、
ひたすら頭を下げ下げの訪問となりました。 
私が玄関に入るや否や、待っていましたというばかり、
ここが気に入らない、あそこも変でしょうと 
次から次へと不満場所を並べたてられる勢いは、口をはさむ間もなく、
仕方なく、ひとしきり聞き手になっていると
突然今度は「この家どうしたらいいのでしょうか」と鉾先をむけられてしまった。

ちょっと待ってくださいなとひと呼吸し、
ようやく話の順序の必要を説明して振り出しに戻ることになり、
こちらのペースで話が始まりました。
そばに居るご主人にさりげなく ご希望はありますかと尋ねると
「私には希望なんぞありません、家内の言う通りにしてやって下さい」と、
話をそらされしまった。
この家の住人の力関係は言うまでもなく奥様に主導権があるようです。
その奥様と話をすればする程、気が多過ぎて、
あれもいい、こんな風もいいという気持ちばかりが 先走り、
現状の住まい方について何もでてこない、
それどころか現状を肯定的にとらえることができなくなり、
とにかく一新してみたいとただ焦っているのです。
具体的に希望をお話し下さいと言えば
「なにをどうすればなんて素人には わかりません」と言いながら、
奥の部屋から建築雑誌を沢山抱えてきて 
生活感なくきれいに撮影されてグラビアを指差して
「これもあれもいいのよね」と説明してくれるのです。
結局具体的な話にならず 困り果て退散することにしました。 
その後2回程の話の場を持つことになりましたが、
希望が二転三転とめまぐるしく変わってしまい、とうとう対応し切れず、
暮らしのセミナーを紹介して
自分がどう暮らしたいのかを考えられるような学習をしてもらうことにしました。 木工屋の話2

それから2年が過ぎようとしています。
一度手紙でも書いてみようかと考えています。
色々な 依頼者の多い仕事です。この依頼者を責めるつもりは毛頭ありません。
情報の多すぎる中でその誘惑に振り廻されずに暮らすことの大変さを書いたまでです。

古い話

 古い話1

古い話を 持ち出して・・・と言われそうですが、
50年程前の子供時代の話です。
我が家は三河湾内にある海辺にありました。
海の仕事と平地の仕事を兼業する家で、
塩田や海苔のため仕事道具それに屋根裏部屋には、
養蚕の道具までがありました。
1階は台所、風呂、部屋、水場を土間で仕切り、
そのどの場に移動するにも いちいちは履物をはいて暮らしていました。
とても不便ではありましたが、台所は かま土で、煮炊きの火があり、
湯気あり 煙がありで、それなりに楽しいものでした。
風呂も勿論のこと五右衛門風呂で、湯に浮く板にゆっくり足を乗せて、
ひっくり返らぬように沈めてから湯船におさまったものです。
トイレは母屋の外にあり、雨の日や、寒い冬などは不便な思いばかりでした。
部屋数はあっても、個室はなく家族の動きは、物音や、匂い、
それに気配を感じることで、家族の暮らしぶりが
手に取るように分かってしまっていた気がします。
あけっぴろげな暮らしのようですが、
家族のひとりひとりが居場所をつくり、
家中の家族、物が一緒になって動いていたような気がします。

 古い話2

冠婚葬祭の時は大事で、部屋の大移動が始まるのです。
田の字型に仕切られた部屋の建具類を取り外すと、大広間ができあがります。
そこに人を呼び、冠婚葬祭の行事を行っていました。
子供の頃はその用意された広間を走り回り 埃がたつと叱られても止めずに、
結局 大目玉をくらって静まるということがたびたびでした。
大広間には、どこからともなく 行事のときだけお目見えする
お膳、座布団、食器などの道具たちが何十人分と運び込まれ、
大きな仏壇を背にして会場ができあがるのです。
我が家がこんなにも広かったのかと感心するのと 
日常姿を見せぬ道具たちを家のどこに納めていたのだろうかと
首をかしげるほどの量でした。

 古い話3

やはり昔話でとんでもなく古い話のようですね。
私にはほんの少し前の話だと思っていたのですが、
古い家がどんどん消えてゆきます。
話の我が家も昭和40年代には姿を消し、別の建物になりました。
中途半端な便利さは得られたものの何か物足りぬ生活をしております。
その建てかえた家も すでに40年近くになります。
世の中の家はどんどん新しくなることで 
便利で快適な空間が手に入っているようですが、
便利も快適も充分過ぎる程手にいれすぎてしまっているのではないでしょうかね。
一度楽ちんな道具や生活を手にいれてしまうと
昔のような楽しみとはいいながらも不便な暮らし方には目が向けにくいものです。
今住んでいる我が家は中途半端な空間です。
現代の快適空間と比較すれば充分時代遅れのしろものと言われるでしょうが、
しかしなぜか新しいといわれる建物に興味が湧かず、
建て替えの話が出た時期も ありながら、そのままにして暮らしております。
沢山の家を人一倍見る機会が多いのですが、
見せてもらうたびに
便利そうだとか、気持ちよさそうだと感じない訳ではないのですが、
なにか納得できぬものを抱えながらいます。
色々なところに出掛けますが、
沢山の家がひしめき合って建っていながらも、
こんな家に住みたいなと思えるような家にはなかなか出会えずいにいます。
皆さんはどうなのでしょうか。

はなの話

 はなの話

我が家のパグ犬「はな」は静岡からやってきました。
全身真っ黒黒助ですがメス犬です。
後1年と8ヶ月になり本人は いや本犬は一端の大人のつもりのようです。
人目をはばからぬ食い意地で
現在の体重は8キログラムと少々太めになっております。
それでもはなは空腹感がいやされず、
あの手この手で食べ物を要求する知能犯です。
パグ犬独特の大きな目をむき出しその目をうるうる泪目にして同情を誘うのです。
はなの毎日は、朝食を家で済ませてから主人と一緒に工房まで歩いて出勤です。
工房入り口近くに陣取って 
不審者が現れれば吠えるという番犬仕事をしております。
そして8時9時と残業をこなして帰宅するという日課です。


はなの話1

工房では何人かに声をかけられたり、
触れられたりたりすることをいいこことに気をよくし、
それなりに甘え方を心得るようになりました。
今年の目標は、太らないこと、
はなの同情を誘う仕草や、大きな泪目に負けぬよう闘うことになりそうです。

睦月

睦月

テレビのブラウン管のまるで
映画の場面と思えるよう映し出される津波災害の瞬間と現場。
トリックではあるまいかと 目を疑うほどの信じられない惨状をみると 
背筋が寒くなる思いです。
世界中の惨事が多過ぎて、どこかで情報慣れしてしまい、
事の重大さを感じずに見てしまっているような気もします。
平成も17年目です。
西暦の2005年との繋がりが今だに曖昧で
今年は何年だろうと幾度も確認する情けなさです。

新年も手放しで喜べる年代ではなくなりましたが、
それでも新年を明るく見据えたいと願ってはいるのです。
非力ながら何ができるのかと考えされる1年になりそうです。 
今年も 宜しくお願い致します。