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2007年―3月

鵜飼恵子作品展 「木綿―暮らしの中で」
 
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ぼくのピアノ

<br /><br /><br />ぼくのピアノ

私の描く絵によく登場するピアノがある。
このピアノ私が若い頃に入手したもので
ピアノのフォルケン君と呼んでいる。
「ぼくのピアノ」とか「自分のために」などと題名を付けて描いている。

ぼくのピアノ1

生れはドイツで 百年ほどの歳月を渡り歩き 
沢山の人の手に触れられながら
海を渡り日本にやって来ることになったピアノ君である。
1800年代半ばに創業のフォルケンハウアーという
ピアノ工房で作られたものであるが制作年代はよく解らない。
私のところに縁があってやってきてくれた。

ぼくのピアノ1

古い話ながら
フォルケン君は港から荷揚げされたピアノ数台と混ざって居た。
ひと目惚れならずひと耳惚れをしてしまった。
鍵盤に触れると出てきた音はソ、いや狂ったソの音。
ドミソやはり違う。
調律されていない音だから仕方ないが なんとも言えぬ古い音を感じた。
音の良し悪しなど理解できないが、
不思議な胸の鼓動を感じてしまった。
懐かしい音と言ってよいのだろうか。
いつかどこかで耳にしたことのある音に思えた。
しかしどこで耳にしたのか今だに思い出せないでいる。
古い柱時計がゆっくりと時を知らせる音に似たものを感じ取っていた。
黒色ので艶消しの姿をしたピアノである。
手元に届いた頃は子供のようにうれしくてうれしくてたまらなかった。
こんな風に書くと日々暇さえあればピアノを弾きながら
さぞ楽しい時間を過ごしてきたのではないかと思われそうであるが
残念なことに私は弾けない 弾けもしないのになぜ・・・と
責められるがまあまあと言葉を濁している。

実はピアノはもう一台ある、
やはり古いものでアメリカのニューオリンズからやって来たピアノである。
勿論のこと 我が家では邪魔者でヒンシュクをかっている。

フォルケン君 子供たちが練習用にと気楽に使ってくれたおかげで
私は音を耳にする幸せを得ていたが・・・?
子供たちにとっては習っているピアノとは感じが違い
音も狂いやすかったのでちゃんとした練習が出来ないと不評であった。
そんな時期も過ぎ久しく無口なピアノになってしまった。

今年になって岐阜のギャラリーでのこと 
オープニングにピアノを弾いてもらえる人に出逢った。
佐分利弦さんである。
じっくりとピアノに耳を傾けながら弾く姿にとても感心してしまった。
さっそくフォルケン君の話をしたところ一度見てもらうことになった。
できれば弾いてもらえる機会をと話したところ
快く引き受けてもらえることになった。
フォルケン君の出番を長い間願っていたが
ピアニスト自身の演奏となるとピアノのほうが耐えられるかどうか心配である。
ピアノの様子を理解して弾いてくれる人でないと難しいと思っていたので
思いがけず願っていたピアニストに巡り会った思いであった。

ぼくのピアノ2 ぼくのピアノ3

さっそくフォルケン君が心配で専門家の往診をお願いした。
ところが首をかしげることしきりで診断が出ない。
やはり無理なのかとしょげていたら
最後に何とかしましょうと笑顔のひと言がもらえた。
小躍りする気持ちを抑えて頭を下げた。
ということでフォルケン君の出番と相成ったのである。
ブラボー!!という気持ちと裏腹にやはり 心配である。
なにせ老いの身は隠せない。
何が起きても不思議はない。
音が狂って来たり、出なくなったり, あり得る話である。
こうなればすべてを佐分利弦さんにお任せするしかない。
聴いてくださる方にもフォルケン君に何があっても
やさしく耳を傾けていただけることをお願いするばかりである。

なんとも出来の悪い我が子の初めての学芸会で
出番を見守る親の心境である。
不安と心配で小心者には辛いところである。
どうかやさしい気持ちと耳を持って
お出掛けいただけることをお願いする次第である。

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