こだわりの話

 <br />こだわりの話

こだわりについて質問されたり話をする機会が多い。
「これに限る」とか「これでなくては」と この手の話にはつい熱が入るものである。
お客様にもこだわりの話の好きな人は多く 
持ち物の自慢話に始まり 名のある工人の話が 次から次へと尽きない。
しかし こういう人に限って物を頼むとなると 他とは違ったものを
こだわって作って欲しいと 他人に下駄を預けるような話になることがある。
おいおい そこまで言うなら自分のこだわりを人に押し付けるなよと 
こちらは逃げ腰気分になってしまう。
物を作る仕事をしていると 何事もこだわって仕事をしたり 
生活をしているように思われがちであるが とんでもない。
取るに足るようなこだわりなどは見当たらない。
色々なことがどうでもいい訳ではないが、これでなくてはダメというのではない。
衣食住どれをとってもそうである。
ノートや鉛筆なども 子供の使い残しを不足なく愛用している。
買い物も自分なりに選んで求めはするが やはり こだわりという気持ちはない。
むしろ こだわりの逸品などを 
それらしく使う自分の姿を想像するだけで気恥ずかしくなってしまう方である。
身の丈に合ったものが好きでありたいと思っている。 

この正月休みに作業靴がやぶれてきたので出掛けたついでに新調することにした。
賑やかな靴屋の店内をしばらく物色したが 
立派過ぎるものばかりが目に入ってくる。
スポーツ用のスニーカーである。
技の出番がある訳ではないのだ。
結局は またいつものズックの運動靴を買うことにした。
運動靴は僕の子供の頃から同じ姿をしている奴だ。
靴ヒモをゆるめて 足をいれてみると なぜか安心できるのだ。
「これって こだわり!!」

年男です。

 年男です

今年は年男、昭和23年生れのねずみ年、そして還暦の年である。
勿論 還暦という実感などまったくない。
とはいうものの 年老いた実感を受け入れたくないだけの話である。

正月早々 今年は還暦ですねと声をかけられた。
「おかげ様で!!」とペコリと頭を下げてしまった。
こればかりは逃げる訳にはいかず観念はしているのであるが 
どこかでさみしい思いが残っている。
還暦という年齢は
小学校の頃朝礼台に立った校長先生の風貌と結びついてしまう。 
薄い頭にチョビヒゲ、丸眼鏡、三つ揃いのスーツである。 
その立派な出で立ちは
まさしく還暦年齢のイメージであり御爺さんの姿に見えていた。
ということは 今の自分は
小学生の眼には同じように見えているのかと考えると滅入りそうになる。
そういえば 
僕の父親も還暦の時にはすでに頭髪もさみしくそれなりの姿をしていた。 
ダメ押しのような話になってきたので止めよう。
 
年男です2
 

ともあれ 還暦という節目、
来るべき風貌、体力、気力の衰えに
何とも言うに言われぬ恐れを抱いていたのであるが、
いざ直面すると どうも様子が違っている。
他人様から見れば 確かに風貌はみすぼらしくなってきていると思うが、
気持ちの上では老いなんてどこにやらという感じである。
負け惜しみでなく まだまだ動ける年齢なんだと実感している。
ここ数年高齢者用の病院や施設を お手伝いすることが多く、
時折お年寄りの方に年齢を尋ねられることがある。
その度に気弱に「もうすぐ還暦ですよ」と答えると
「そう 若いネー!!」と羨ましがられてしまう。
妙な気分ではあるが、まだ若いのかもしれないと思えてしまう。
思いがけず元気をもらっている。
まだまだ若いぞと手前味噌を書くつもりはなかったが 
どうやらそのものになってしまったので止めることにする。
 
今年は平成20年 
ほんの少し前平成という元号を知らされてばかりだと思っていたのに 
どうやら平成生れの若者が大人の仲間入りをするらしい。
世代交代の波に押し出されないようにしたいものである。

あいさつ

あいさつ2

健やかに新春を迎えられたことと思います。

今年も宜しくお願い申し上げます。

毎年、元旦の朝は 町内のお役目で上りを立てることになっている。

今年も 夜更かしの目をこすりながら 近隣の住人と協力してのぼりを立てた。

帰りに氏神様に参拝し いよいよ我が家の新年が始まった。

正月と言えばお年玉の準備、しかし甥も姪も大人になってしまい、

逆に我が娘の方がもらう立場になってしまった。 

お役目ごめんになるのは さみしいものである。 

皆さんは どんな今年が始まったのでしょうか。 

良い1年にしたいものです。   2008年1月10日  井崎正治