工房塩津村と木の仲間たち展

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豊橋 ギャラリー48にて
3月27日(火)~4月1日(日)まで


今年も 工房塩津村と木の仲間たち展を開催します。
工房から巣立った若者も
独自のがんばりをみせてくれるようになりました。

今年から 展示会も新たなことを考えようかということで
北海道で行われている「君の椅子プロジェクト」という
その土地で生まれた子供を 迎える喜びを地域で分かち合いたいという話から
知人の木工家が 子供用の椅子を製作しています。

工房塩津村でも それならということで
次世代を担う子供たちに
小さな椅子を制作してみようということになりました。
できれば毎年続けられればと思いますが 先ずは今年1年目です。
そして一脚をプレゼントしようということになりました。

届いた案内状に昨年生まれた子供さんの
名前 生年月日 他を記入し 会場に来ていただきます。
そこで展示作品の中からご希望を一脚選んでもらいます。
椅子の抽選は 会期最終日に行い 
当選された方には 
子供さんの名前と生年月日を入れて プレゼントさせていただく予定です。

案内状は3月中ごろにはお出ししたいと思います。
心待ちにしてください。もちろん展示会をです。

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弥生のたより

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あれから一年です。
毎年 開催している工房塩津村と木の仲間たち展の開催中に
3・11の地震が起きたのです。
幸い 会場の展示品が 倒れるほどの揺れには至らなかったものの
次から次へと入ってくる情報に
皆で 不気味な時間を過ごしたのを 昨日のことのように思い出します。
こんなときに 展示会なんぞをしていていいのかしらんという気持ちを
どうすることもできず
当たり前ながら 来場者の少ない会場で 言葉少なく当番をしていました。
一年が過ぎ 沢山のことが知らされるようになったものの
問題解決は いつのことやらという 不安材料の山積みも見せられています。
私たちには できることも少なく 一年が過ぎてしまった気がしますが
私たちなりに 一人一人が 元気で前向きに動けることを感謝しながら
今年も仲間たち展を開くことにしました。

今年の日程は3月27日(火)から4月1日(日)となります。
工房塩津村を始めて41年目となります。
工房から巣立ってくれた若者たちも
今や一人前の仕事をしてくれるようになりました。
嬉しいかぎりです。
年寄りっぽい言い方になってしまいますが
ボツボツ 次世代を担う若者を育てるべく
仕事をして欲しいものだと思っています。

私が世話になった親方の言葉ですが
手仕事を覚えて 一人前になってもらうには
とても手間隙のかかることなので
せめて 自分の子供の人数くらいは 面倒をみるべしと言われたものです。
仕事は違えども
どの子も皆 人様の大切な時間を頂いて 育ててもらう時期があるものだ・・・と
独身時に そんなことを言われたって 何ともピンと来ない話でしたが
いつしか3人の子供を持って
この話が 遅ればせながら 素直にうなずけるようになったものです。

ともあれ そんなことも期待しながら
にぎやかになった仲間たち展を開催したいと思っています。
今回は 小さな椅子をテーマにしてみました。
桜の花も見頃かと思います。併せてお出かけ下さい。

ハナの言い分

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「春だよ!」と散歩道で土筆を見つけ
ほらほらと指差してくれるものの
そんなこと アタシは知ったこっちゃないのだ。
おかまいなしに あれよと腰を下げ
いつもの上目遣いのポーズで フィー!!スッキリとばかりに用を足したら
すかさず「お前は なんてデリカシーのカケラもない奴なんだ」と
とばっちりがきてしまった。
毎年 春になりゃあ 土筆だって顔を出すさ
そんなことで いちいち感動しろって催促するほうが
おかしいと思うんだけれど。
毎年この時期になると 自分が土筆を真っ先に探したいもんだから
気まぐれに散歩のコースが変わるのだ。
この道は 道と言っても 普段人の歩かない尺地川の土手道、
当然 道は荒れていて 嫌なのに 無理やり連れて行かれるのだ。

実は アタシ 少し前から かわいそうにも皮膚炎をおこしていて
お腹の肌が カサカサカサブタなのだ。
枯れ草の先なんかがそこにあたると痛いのだ。
主人の奴もそれを知ってるくせに
何のいたわりもなく 土筆はまだかなとばかり この道に行きたがるのだ。
そのアタシは いつも工房の入り口に陣取っている。
だから 木屑や埃はあたりまえのようにまみれて暮らしている。
嫌な動物病院に連れて行かれた時
「アレルギーだね、もっときれいな場所で清潔にしてやってくださいな。」と
言われた筈なのに 何もしてくれない。
チンケなポリバスの小型のようなケースを 間に合わせのように買ってきただけ。
なんか違うんだなー!!
「アタシは 気の毒にも病んでいるというのに!アタシは愛されてないのかも・・・」と
うつむき気持ちで悩んでみせるが 
勿論 効果の程はなし。
仕方ないので いつも前向きに気をとり直す努力をしているのだ。 
ほんとだよ。

言い忘れていたニュースがひとつ。
体重が不本意にも10キロを越してしまい
デブ呼ばわりされ いやみのようにお腹をポンポンと叩かれていたけれど
なんとやせたのだ。
今は8キロ まだ 多めには違いないけれど
スキップできるくらい 身軽に動けるようになったのだ。
次に会うときは 楽しみにしていいと思うよ。
ただ顔は その分 シワがたるみ
白髪が増えたみたいで フケて見られるかも...

ワークショップ

3月6日 暖かな春の日というよりは
気温は20度近くまで上がり 4月下旬並みの陽気で
桜の花も間違えて花を咲かせそうな一日だった。

今日は仕事を半日お休みして 幼稚園に出かけた。
園児60人を相手にワークショップをする約束をしていた。
あおぞら組 おおぞら組の園児60人。
約束をしたものの 何をしたものかと思いあぐねいた結果
木版スタンプで 長い長い木版絵巻を 作ることにした。
とは言っても園児が こちらの思うように動いてくれるかは 
何の保障もないが 60人全員が元気に動いてもらうには
くり返しできる遊びの行動かと決めた。

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木切れで用意した様々な形をした版木200個程を用意し
色分けしたテーブルに分け
布に染み込ませた絵の具の上に
版木をポンポンと押し当てて
版木に色を付け
用意した和紙にランダムに押すのである。
用紙は襖紙のロール和紙を 一列に並べたテーブルの上に広げた。
うまく押せば 木の形と 木の持つそれぞれの木目がきれいに映し出される筈。
筈なのだが そうはうまくいくとは思っていない。
子供たちが 2時間木版を元気に押し続けてくれることに期待するしかなかった。
いよいよ開始 
どの子も最初は緊張気味に版を押し付けていたが
二三度繰り返したら 後は蜂の巣状態とあいなった。
黄色い声と一緒に 絵の具だらけになって
色の付いた木版片手に走り回ってくれた。
あっという間に2時間がたち 見事な木版スタンプの格闘ぶりが出来上がった。
最後にひとりひとりの手形を押し
そこに自分の名前を書き込んで仕上げとした。

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出来上がりの絵の長さを測り忘れてしまったが
60メートル以上の長さに達したようだ。
久しぶりに
大勢の子供たちと一緒に大声を出して遊べたひとときだった。

ウインザーチェアーがやって来た

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古い椅子を買い求めたことは幾度とあるが
知人の木工家が作った椅子を求めるのは初めてのこと。

サックバックのロッキングで 仕上げは拭き漆である。

若い頃 東京目白のギャラリーで彼の作品展を見せてもらったことがある。
どの椅子も量産でなく
一脚づつ作ることで生まれる何かを感じると同時に
達者な職人技を見せる仕事ぶりに 感心させられたのを思い出す。
作者は 村上富朗氏 である。
木工を通じての話を幾つかしたが、
その中で 旋盤で丸く削ったスピンドルをそのまま回転して仕上げず 
一本ずつ 切り出しナイフで 表面をなめるように削って仕上げることで
作りだせる仕上げ方を 目を丸くして話してくれたことを思い出す。

昨年 彼は急逝した。
生前木工仲間たちが集まって
一日数時間だけの椅子展を長野で開催した。
所有している方々の協力で 百脚以上の椅子が並んだ。
その会場は見事であった。
彼の人柄を示すように 全国から沢山の人が集まった。
訪れる人に ことごとく昔を懐かしむように
次々と握手をしながら 笑顔を作って話をしていた。

私にかけた一声は「井崎さん写真を撮っとこうよ!!」だった。
私は すかさず「何という言い方するんだ。写真を撮ろうよだろ!!」と返した。
彼は 沢山の来場者と話し切れぬ話をしていた。
結局 それが最後となってしまった。
とても残念に思えてならなかった。
62才という若さであった。
最後の力を振り絞って
彼のウインザーチェアーを制作する全工程を 記録ビデオに残してくれた。
その後 彼の遺作展が次々と開催され
木工仲間だけでなく 沢山の人を魅了した。

そんなある時 松本のギャラリーの方より
村上氏の椅子を譲ってもいいという話が起きた。
勿論大喜びで返事をした。
しばらくし 我が家にやって来た椅子は 
早々と私に馴染んでくれ 心地良く愛用している。
椅子がやって来た日に
さっそく彼の残してくれた
「村上富朗のサックバックチェアー」の記録ビデオを 
彼の椅子にたっぷりと腰をかけて 改めてゆっくりと観てみた。 

この椅子から 何かを作ってくれというような
村上氏の声を聞いたような気がしてならない。