スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハナの言い分

20160123233657790.jpeg

新しい年が 始まったようだけれど
どうでもよくなって来てしまった。
アタシの歳は
今年いったい幾つのなるのかも 曖昧になって来ている。
歳のせいで 目も耳も鼻も衰えてしまっている。
余分なことを気にしなくて済むことを考えれば 気楽だけれど
食い意地だけは元気なので
鼻と目だけは 不自由をしているのだ。
かつてのつぶらな瞳に光るような黒髪は 何処へやら……
なんて スネていたら
今度 工房にやって来た塾生のT君が
気を使って 年末から正月にかけて
車で 実家の福井県まで旅をさせてくれたのだ。
ドキドキの外泊をしてしまったのだ ‼︎
スポンサーサイト

睦月の便り

20160115092630f2f.jpeg

平成生まれも28歳になります。
世の中 東京五輪を照準に にぎやかな動きを始めている。
思い起こせば  昭和39年に開催された東京五輪の時も
三波春夫の音頭と共に躍り
新たな時代へとまっしぐらだった。
その時代の私といえば  可愛い坊主頭で
華やかな五輪とは程遠い
木工の修業に住み込みで入ったばかりだった。

そこにはガスも水道もなく 薪で煮炊きをしていた。
お風呂もドラム缶で
六畳程のかまど部屋の片隅に据えたものだった。
そう五右衛門風呂、扉もなく開放的な風呂は
冬は寒く夏は暑い
おまけに焚き口が真下なので
薪を燃す煙が目に浸みるので  深く沈み込み
顔を上に出さないで入るという工夫が必要だった。
食事は小上がりのような四畳半、茶箪笥、テレビ他、
諸々が ぎっしりと置かれた部屋の中に
小さなコタツテーブルが置かれていて
いつも そのテーブルを8、9人がぐるりと囲み
身動き出来ぬ 仲睦まじさを味わいながら
食事をいただいていた。
トイレも 仮設状態の小屋だったので
台風の度にどこか修理をすることになった。
時には  トタン屋根が吹き飛ばされてしまって
扉はあるものの  青空の下で
遠慮しながら用を足すこともあった。

修業の場は色々と大変だったが
普通では出来ぬ経験をさせてもらったことを
考えると楽しい話になっている。
工房は 常に慎ましく何事も先ず
ある物の中で工夫することから
始めるというやり方だったので
おかげで けち臭い いやいや
もったいないという考えでの工夫が習慣になった気がする。
「あんさん、いったい いつの時代の人なの?」って
言われそうだけれど ホントの話。

そんな時代から50年以上過ぎ
今度の東京五輪の受け止め方は 少し違っている。
木工の世界も大きく変わってしまった。
便利な道具、機械、情報のおかげで
楽ちんな ものづくりができるようになった。
便利な道具、情報を使いこなすこと工夫は必要だが
道具を作る工夫が
少なくなってしまったことが淋しい気がする。
ともあれ  楽に仕事が出来るようになったんだから
いいのではないかと思いつつも
世の中の情報に注意していないと
遅れを取ってしまいそうな気がするのは… どうも‼︎

そんな事を書いておきながら  昨年末より ニンマリ
スマホを片手に人差し指を動かす自分になっている。
ほんとは内緒にしたいところ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。