古い話

 古い話1

古い話を 持ち出して・・・と言われそうですが、
50年程前の子供時代の話です。
我が家は三河湾内にある海辺にありました。
海の仕事と平地の仕事を兼業する家で、
塩田や海苔のため仕事道具それに屋根裏部屋には、
養蚕の道具までがありました。
1階は台所、風呂、部屋、水場を土間で仕切り、
そのどの場に移動するにも いちいちは履物をはいて暮らしていました。
とても不便ではありましたが、台所は かま土で、煮炊きの火があり、
湯気あり 煙がありで、それなりに楽しいものでした。
風呂も勿論のこと五右衛門風呂で、湯に浮く板にゆっくり足を乗せて、
ひっくり返らぬように沈めてから湯船におさまったものです。
トイレは母屋の外にあり、雨の日や、寒い冬などは不便な思いばかりでした。
部屋数はあっても、個室はなく家族の動きは、物音や、匂い、
それに気配を感じることで、家族の暮らしぶりが
手に取るように分かってしまっていた気がします。
あけっぴろげな暮らしのようですが、
家族のひとりひとりが居場所をつくり、
家中の家族、物が一緒になって動いていたような気がします。

 古い話2

冠婚葬祭の時は大事で、部屋の大移動が始まるのです。
田の字型に仕切られた部屋の建具類を取り外すと、大広間ができあがります。
そこに人を呼び、冠婚葬祭の行事を行っていました。
子供の頃はその用意された広間を走り回り 埃がたつと叱られても止めずに、
結局 大目玉をくらって静まるということがたびたびでした。
大広間には、どこからともなく 行事のときだけお目見えする
お膳、座布団、食器などの道具たちが何十人分と運び込まれ、
大きな仏壇を背にして会場ができあがるのです。
我が家がこんなにも広かったのかと感心するのと 
日常姿を見せぬ道具たちを家のどこに納めていたのだろうかと
首をかしげるほどの量でした。

 古い話3

やはり昔話でとんでもなく古い話のようですね。
私にはほんの少し前の話だと思っていたのですが、
古い家がどんどん消えてゆきます。
話の我が家も昭和40年代には姿を消し、別の建物になりました。
中途半端な便利さは得られたものの何か物足りぬ生活をしております。
その建てかえた家も すでに40年近くになります。
世の中の家はどんどん新しくなることで 
便利で快適な空間が手に入っているようですが、
便利も快適も充分過ぎる程手にいれすぎてしまっているのではないでしょうかね。
一度楽ちんな道具や生活を手にいれてしまうと
昔のような楽しみとはいいながらも不便な暮らし方には目が向けにくいものです。
今住んでいる我が家は中途半端な空間です。
現代の快適空間と比較すれば充分時代遅れのしろものと言われるでしょうが、
しかしなぜか新しいといわれる建物に興味が湧かず、
建て替えの話が出た時期も ありながら、そのままにして暮らしております。
沢山の家を人一倍見る機会が多いのですが、
見せてもらうたびに
便利そうだとか、気持ちよさそうだと感じない訳ではないのですが、
なにか納得できぬものを抱えながらいます。
色々なところに出掛けますが、
沢山の家がひしめき合って建っていながらも、
こんな家に住みたいなと思えるような家にはなかなか出会えずいにいます。
皆さんはどうなのでしょうか。

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