木の仲間たち展に寄せて

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工房の2階からは
塩津村の地名の所以となった塩田風景は さすがになくなっているものの
穏やかな三河湾の海に 漁船、遊覧船など
大小の船が航海するのが 眺められた時代に 工房塩津村は始まりました。
今年で40年になります。

私は 木地師の仕事を出発に 木の仕事を始めましたが 
作ることに欲張りな性格で 色々迷い続け 
何屋さんと呼ばれることなく 木工屋を通して来てしまいました。
おかげで 40年間 工房に看板ひとつ掛けることなく過ぎてしまいました。
近所からは 怪しげな人種が出入りする
不思議で きっと 危ない作業場と思われていたかもしれません。
そんな工房ですが 随分と沢山の木の仕事をしてきたものです。
そして 求人募集をした訳でもなく
全国から若者が集まり 会社らしきし仕事をした時期もありましたが
今は ひっそりと仕事のできることを選んでいます。

工房塩津村から すでに10数人が独立し
全国で活躍してくれるようにもなりました。
私が 木工を始める頃とは およそ違う時代の中で
木の仕事をする人の広がりも出てきました。
ひと時代の前の いい仕事をする 意味とは 
少しばかり 違った つくり手がそこここに出現し 
つくる人の姿と仕事が見えるようになりました。
とても良いことだと思っています。
勿論 つくる人が あまり出しゃばるのも問題ですが
木の仕事をする人が 
自分の暮らし方と木の仕事を
併せて考えるようになったことは 大切にすべきかと思っています。

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紺屋の白袴と 責められることに多い木工屋ですが 
それぞれの暮らしを持っています。
暮らしの大半は なんということもない日常のくり返しです。
人、物,、事 どれをとっても
とっておきばかりで充たされる訳にはいきません。
むしろ なんでもなく過ごせる暮らしの時間っていうところに 
つくる人の仕事もあるのかなと 工房塩津村では考えてきました。
特別な材料や 道具や仕上げにこだわるのではなく
人に手渡ししていける仕事と物ってなんだろう。 
名人芸とか 一流に 憧れるのもいいけれど 
つくる人の暮らしの視点で作り
手渡していけることの方が
無理なく木の仕事をしていく手立てのような気もしています。

「工房塩津村と木の仲間たち展」も おかげで15年目となりました。
次世代を担う木工人が育ってくれることを願いながら続けて来ました。
お出かけいただければ 幸いです。