木工屋の話ー椅子

木工屋の話-椅子
 
正座をする訳でもないのに「まあどうぞお座り下さい」と言われれば、
何の疑問もなく腰をかけてしまっている現状は、誰しもお持ちの筈。
よく考えてみれば「お座り下さい」ではなく「おかけ下さい」ではないか。
しかしそんな言葉使いに何の疑問ももたずに言っていませんか?
それがどうした・・・と言われてしまうと後が続かないので、
うん、そうだそうだと頷いて欲しい。
別に言葉の揚げ足を取ろうなどという魂胆では ありません。
日本の暮らしの中で、椅子の生活習慣が根付いたと言われながらも、
この曖昧な言い方のように、
椅子での生活習慣がどこか借り物なんだと納得してしまうのです。
しつこいようですが、座るは正座の意味を指し、
椅子には腰を下ろす、腰を掛ける のです。
 
いす1

日本の風土で培われ、工夫され続けてきたことで 形と使い勝手をなした
住空間と暮らし方は、人間が座る生活を中心に考えられてきたもの、
その合理性と不便さは捨てがたい意味と価値があるのです。
だから椅子の生活はおよしなさいと言う訳ではありませんが。
どんな時代になろうとも日本の風土の上で暮らすという事実は変わりません。
日本で欧米型の生活習慣になりきれぬ、
この何かを大事に目を向けて欲しいということが言いたかったのです。
とは言ったものの、私は木工屋、
自分も含めて木工屋にとって椅子づくりへの憧れは特別なものがあります。
そtれは 家具の中で人間の身体にこれほど密接に関わる道具は
他にありません。それだけに高度な技術と知識が求められるのですが・・・。
椅子づくりはとても魅力的な課題なのです。
 
いす3

私もこの椅子づくりでは あれこれ失敗談も多くあります。
日本の家は天井も低く、空間も狭い。
ならば「座れる椅子」でもと, 座面の低い椅子試みたりもしました。
座面の上であぐらがかけてしまう程ゆったりとした椅子他、
いろいろと試行錯誤の連続が今もなお続いています。
所詮は木の椅子、掛け心地はいまひとつと感じているのです。
時折なんで木の椅子なのかと、
我が技量を棚にあげて疑問の鉾先を木にむけてみる、
腰のかけ心地、木の持つ硬さでお尻が痛くなることを考えると、
木の硬さの上に腰を乗せること自体に無理があるのだと納得できる、
椅子づくりに希望のもてる納得なのです。
 
いす4

人間という動物、そもそも4本足で動いていた。いや、そうらしい。
とすれば二本足で立つ事には無理があるのはあたりまえ、
単純に考えてもも足にかかる負担は、四本から二本へと二倍になります。
それに伴って腰にも負担がかかることになる。
そういえば四本足の動物から腰痛の話は聞いたことがない。
腰痛持ちの動物が
コルセットはめて治療する姿にはお目にかかった事が無い。
人間の無理な姿勢から起こるべくして起きたのが腰痛のような気がします。 
椅子の座面に腰を下ろすと
お尻の骨二点が座面にあったていることに気づきます。
硬い木の上にこの骨が支点となって全体重を支えることになります。
長時間になれば痛いのはあたりまえの話です。
そこでこのお尻の骨のおさまり位置と座面とのあたり方を考え工夫すると、
ずいぶんと楽な掛け心地になるのです。

いす5  いす6

工房では昔から椅子の測定器を用意しています。
この測定器では使う方の身体的な寸法と、
このお尻の骨位置の寸法を測るようにしております。
これで万全というわけではありませんが、
すこしだけ椅子という道具に近づけたような気もしています。
ともあれ椅子づくりは難しいものです。
おまけに日本の住空間における椅子の役割を考えると 
課題は山のようにありそうです。
 
仕事の依頼の中で椅子の注文はより 増えています。
日々これでいいのかなと首を傾げながら格闘を続けております。
長時間はともかく、正座を習慣としていた珍しい民族です。
時には正座をしてみて、
かって正座をして暮らしてきた先人たちの知恵と工夫なるものを 
考えてみてもよいのではないかと謙虚に思います。

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