2018年 明けましておめでとうございます。

201801121721359aa.jpeg

平成30年が始まりました。
どなたも良い新年を迎えられたでしょうか。

私は 毎正月のこと肩身の狭い思いでした。
普段 展示会案内のため沢山の案内状書きをする身なので
ある時から 年賀状書きを止めさせてもらいました。
当然のこと 身近の者からの責めを受けながらの決断でした。
それでも 毎年丁寧に送ってくださる方のものを手にすると
ついごめんなさいと思いつつ 肩身の狭さを感じてしまいます。

今年は平成最後の年になりそうです。
なぜか気忙しい気がします。
おまけに オリンピックも近くなるので一層なのかもしれません。
私はと言えば 今年も恒例のごとく 何変わることなく
テレビで 紅白歌合戦を観て 氏神様に初詣もし夜更かしもせず 正しく就寝しました。
元旦の半日は静かに正月気分でお屠蘇を飲み 雑煮を食べました。
午後からは 工房でガサゴソと仕事の片付けと
普段のだらしなさを反省しなが ら工房の掃除を始めるという
毎年の正月を過ごさせてもらいました。
 
今年の私は古希を迎えることになります。
他人事のように思っていましたが 現在同年の代表者をしていて
昨年末より来月に行う同年会の準備を進めていることで
なぜか 古希を迎える実感が湧いてきています。
同年生のほとんどは すでに定年退職していて
毎日が日曜日という ゆっくりおだやかな暮らしをしているようです。
私は相変わらず 何も変わらず
我が子より若い塾生たちと 朝から晩まで一緒にワイワイというか
気持ち的には負けじと動いています。
以前はこんなことをいつまでやり続けるのかなという気持ちも
ありましたが さすがに最近では
(いつまでやれるかな)という気弱な心配もするようになり
身体が動く間はと改めて思っています。

塩津村だよりも 今でこそ気まぐれ通信になってしまいましたが
40年も前から書き続けています。
今思えば 沢山の方にどうでもいい私事ばかりを
押しつけがましく送り付けたものだと思っています。
かつての塩津村だよりは ガリ版刷で始まった
10から12ページの冊子の形だった時代もありましたが
勝手な忙しさに追われることで 形は2転3転と移り変わり
ここ数年はB5判の三つ折りという さみしいものになってしまっています。
毎回 愛犬(ハナの言い分)などを書くのは楽しみでしたが
そのハナも 昨年の春に静かに他界してしまったことで
塩津村だよりもより少なくなってしまいました。
こんなことではと 古希を機に またひとりよがりの昔話でも
書き続けてみようかと考えています。

今年も よろしく お付き合いください。
                       井崎 正治